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| 「小糸町史序説」 1. われわれが呱々の声をあげるときから、その土の上で遊びその土の上で生活し、ついにその土に 帰って行くように運命づけられているこの小糸の土地も、これを地球儀の上に求めるなら、拡大鏡で でも探さなければ見ることも出来ない微少な一点にすぎない。 しかし、取るに足らない微少な広がりが、我々小糸町の住民にとっては、全宇宙にも匹敵する尊さを 持って、光り輝いているように感ぜられるであろう。 われわれはここに生きている。 われわれの祖先もまたここに生まれ、ここで死んだ。 われわれの子孫もこの土に生き、この土に帰っていくであろう。 われわれが今日あるは、総てこの土地のおかげである。 われわれの生活の源であり根元であるこの土地は、どうして出来、今日あるが如くになったのであろ うか。 このように、われわれに重要な土地でありながら、われわれは平素、一刻もこれなくしては生きられ ない空気を忘れているように、この土地の事を考えようともしない。 誰も彼も、さしせまった毎日の生活の為に駆け回っていて、そんなことを考える暇はない。 しかし時には忙しい間から一、二時間の暇をさいて、自分たちの周囲を見回し、この土地の成因を考え 今日の如くになったその時の流れを振り返ってみるのも、決して無駄ではあるまい。われわれはそれに よって生まれた土地に対する新たな愛着の念と、かけがえのものとしてこの山河を尊重し、この町をより よい ものとしようとする決意を持つに至るであろう。 2. われわれは環境の中にいきている。 それは人間と関連する自然的、文化的背景の総称であるが、一般的には、物的背景ともいうべき自然 環境を指す。この自然環境は宿命的前提条件として、容易に変更し難いものであるが、人間活動の さまざまな圧力によって常に変貌し、人間の意志発動と一体となって、その意義を発揮しているもので ある。即ち自然環境は人間活動に限りない可能性を提供しているとともに、環境要素の組合せも亦 数限りなく、しかもその意義価値は時代と共に及至は広義の文化段階とともに変遷し、なおまた人の 意志判断によっても相違してくる、言い換えれば、環境とはあくまでも人間側を中心とした概念である。 先頭|ホーム|暮らしのガイド|教育|サイトマップ|ひとつ前にもどる| Copyright©有限責任中間法人こいと All Rights Reserved. |